八幡原飛行場業務日誌

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ACADEMY 72 A6M5c (1)

2022年秋からスターしたのだが、途中の写真が少ない
なのでweblog向きではない

まず、このACADEMY 零戦のキットを
比較してはいけないと思いつつ
タミヤやハセガワと比較してしまう
すでにそちらを作っているので

組立説明書は、英語があるので、なんとかなる
全部ハングルだとまったく読めない。
まああそれはいいとして
塗装の色の説明があまりにも少ない
細かい部分がほとんど無い
全体塗装図で、IJN GreenとLight Gray とは雑な感じ
ふたつのマーキング指定があり
1945年6月 鹿児島の谷水竹雄上飛曹  03-09 の撃墜マークの
有名なものと
1945年7月の厚木基地のヨD-102 のものがある
前者は中島製の塗装塗り分けで
後者は、三菱製の塗装塗り分けで説明されていたが
私の手持ちの資料では、後者の厚木基地のヨD-102は
中島製の塗装塗分けとなっている
手持ちの資料でいくことにした

なお、私の亡父は、海軍の整備兵で
厚木基地終戦を迎えた
そして、マッカーサーが来るからと、三日前に急に
通達があり、退去となった
ハンモックひとつを持って、とりあえず郷里に向かった
ということを何度も聞いた
私が小さい頃は、その海軍のハンモックで昼寝をしていたと
聞かされている
なので、1945年7月の厚木基地のヨD-102 の機体と
することにした
父はその機体を見ている可能性は高い
終戦間近は、戦闘機も少なくて、父のような
下っ端の整備兵がさわれる戦闘機は無かったと聞いた

制作途中の写真がすくないので
いきなりの、アンテナ柱の金属化の写真
折れるのがいやで、ほとんどのアンテナ柱は
金属にしている
いつものやりかたで、機体の内部に
ランナーで固定部を作って
手持ちのシンチュウ線をたたいてつぶして
それから削って形を作る
慣れているし、ある程度たたいた材料は
作ってあるため、あまり手間はかからない

組立説明書についてだが
コックピットを含めて、
各部品の塗装説明があまりにも少ない
たぶん、初心者は、塗装できない
私は零戦は詳しいわけではないが
資料を何冊か買ったので、それをもとに塗装する
私が若いころ、1970年代や1980年代とは
情報量が増えたので、あのころの常識?で
考えてはいけない
あのころ、グンゼのレベルカラーの上面色は
海軍機色と陸軍機色となっていたものなあ
それで、零戦だと海軍機色で塗装すればと
思っていたなあ

初めて零戦に塗装したとき、まちがって
陸軍機色を塗装して、あとで....あれれ
ほかの人と違うと  気が付いた
でも、中島塗装とすれば
間違ってはいないのかもしれないが
昔の話だ